カテゴリー
モノ申す

【謎理論】「匿名での批判は卑怯」論に物申す

こんにちは。吉田です。

あなたはネット上で「匿名での批判は卑怯」という言葉を目にしたことはないでしょうか。
この理論を主張する人は、ネット上で有名人と自称している人間に多い印象です。

ツイッターやインスタなど、さまざまなWebサービスが登場し、そこで名乗る「第二の名前」を持つ人が多くなりました。
その第二の名を「匿名」と括ってしまう頭の悪さも非常に嘆かわしいのですが、あろうことか、その「匿名」を批判する始末。

そもそも人が公に出るときに「匿名」を名乗ることは、上記Webサービスに限った話ではなく、テレビでもそうです。
それとも、匿名批判をする人は「ビートたけし」が実名だと思っているのでしょうか。

そこで今回は、そんなアホなことを言ってしまう人を黙らせる論理的反論をご説明いたします。

目次

  • 批判は実名でやれ、という無根拠な批判
  • 推論:匿名での批判は卑怯だと言う人の考え方
  • 実名で名乗る前にやることがある
  • あなたが誰かなんて、ネットでは関係ない

批判は実名でやれ、という無根拠な批判

そもそも匿名の批判は何が卑怯なのでしょうか。

匿名だろうが実名だろうが、発言内容が理にかなってれば、人は話を聞いてくれます。
「1+1は2である」ということは、発言者が実名か匿名かに関係なく、受け入れられることは想像に難くないと思います。

逆に「匿名での批判は卑怯」論者は、相手が実名を名乗れば、クレーマーみたいな無茶苦茶な批判もきちんと耳を傾けるのでしょうか。
そこでもし、クレーマーの文句を聞かないというのであれば、もはや主張していることの論理が破綻しています。

そもそも発言は実名でやれ、という論調は非常に危険で、「自分が言うことは正しい!なぜなら俺は大企業の社長だから(例)」という極端な考の元に成り立っているからです。

自分の身分を以て発言に説得力を持たせ、仮に批判してくる人間が自分より下の身分であれば、自動的に自分が正しいと思い込んでしまう。
そういう人は「カラスは白である」といえば、自分より下の身分が黒といっても耳を傾けないのです。

こんな考え方の人間は、発言内容ではなく、自分の身分で正当性を主張するのです。
むしろ、卑怯という言葉は、「匿名での批判は卑怯」と主張する人たちのことです。

推論:匿名での批判は卑怯だと言う人の考え方

よって、匿名だろうが実名だろうが、発言の説得力というのは本来変わりません。

しかし、世の中には「何を言ったかより誰が言ったか」という残念な思想があり、偉い人の発言が正しいことになる傾向はよくあります。
これは喋る方も聞く方も論理思考が幼く、その発言が論理的に正しいかどうか考えることが出来ないので、その発言者の身分や実績を判断材料として考えてしまうためです。

人間の脳というのは、考えるのに出来るだけ楽をしたがる傾向があります。

その人が言っていることの正当性を理解するために、判断材料を用意して考えるくらいなら、身分や実績にフォーカスしたほうが楽です。
家の賃貸について、不動産屋とニートが意見を言った場合、仮にニートの方が論理的に正しいことを言っても、人々は不動産屋を信用します。

つまり、批判は実名でやれ、という人は、思考力が非常に弱く、その人の言っていることがまともかどうかを身分で判断したいのです。
そっちのほうが楽ですからね。

しかし、当たり前なことですが、偉い人だろうが偉くない人だろうが、常に正しいことを言い続けられるわけではありません。

実名で名乗る前にやることがある

では、自分の発言力を高めるにはどうしたら良いかというと、もはや上に書いてある通りです。

見当違いなことを言わないために、ひたすらに論理思考することです。

今回の場合、実名と匿名で何が違うのか、卑怯とは何を以てして卑怯というのか。
ここが詰められていないので、「匿名での批判は卑怯」論者は常にバッシングを受け、その批判ですらも、匿名だからといって耳を傾けない残念なスパイラルに陥ります。

たとえば、「匿名での批判は卑怯であり、聞く価値がない」と仮定した場合、「では、実名の批判は卑怯ではないので、支離滅裂なことを言っていても聞く価値がある」という逆説を自分は受け入れられるか、と考えます。

私は無理ですね。
それなら匿名だろうが実名だろうが、「論理的に筋が通っている人の話を聞きたい」です。

以上のことから、「匿名での批判は卑怯」論者は、「実名を名乗れば、必ず聞いてくれる」ということになります。

それなのに、実名を名乗っても彼らが耳を傾けなかったら・・・。
もう彼らは公の場で喋らないほうが良いと思います。

あなたが誰かなんて、ネットでは関係ない

2ちゃんやTwitterなど、ネット上で発言出来る機会は多くなりました。
しかし、それに伴い、「自分とは上下関係にない人」と喋る機会も出てきました。

そんなときに相手を納得させたり、共感させられるのは、「話に筋が通っている人」です。
身分が偉いからといって、全員が納得することは決してありません。

それなのに、自分の幼い発言が突っ込まれたからといって、感情的に批判を排除してはいけません。

ネット上では、あなたが誰かなんて関係ないのです。
身分の高低に関わらず、論理的に正しいことを言っている人が正義なのです。

論理思考は発言する時に大きな武器になるだけでなく、偉いだけで見当違いなことばかり言う頭の悪い人から身を守る盾にもなります。
これからもどんどん身に着けていきたいものです。

スポンサードリンク