【謎理論】「匿名での批判は卑怯」論に物申す

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こんにちは。吉田(@goodda_good)です。

あなたはネット上で「匿名での批判は卑怯」という言葉を目にしたことはないでしょうか。
この理論を主張する人は、ネット上で有名人と自称している人間に多い印象です。

ツイッターやインスタなど、さまざまなWebサービスが登場し、そこで名乗る「第二の名前」を持つ人が多くなりました。
その第二の名を「匿名」と括ってしまう頭の悪さも非常に嘆かわしいのですが、あろうことか、その「匿名」を批判する始末。

そもそも人が公に出るときに「匿名」を名乗ることは、上記Webサービスに限った話ではなく、テレビでもそうです。
それとも、匿名批判をする人は「ビートたけし」が実名だと思っているのでしょうか。

今日はそんなアホなことを言ってしまう人を黙らせる論理的反論をご説明いたします。

    目次

  • 批判は実名でやれ、という無根拠な批判
  • 推論:匿名での批判は卑怯だと言う人の考え方
  • 実名で名乗る前にやることがある
  • あなたが誰かなんて、ネットでは関係ない

批判は実名でやれ、という無根拠な批判

そもそも匿名の批判は何が卑怯なのでしょうか。

匿名だろうが実名だろうが、発言内容が理にかなってれば、人は話を聞いてくれます。
「1+1は2である」ということは、発言者が実名か匿名かに関係なく、受け入れられることは想像に難くないと思います。

逆に「匿名での批判は卑怯」論者は、相手が実名を名乗れば、クレーマーみたいな無茶苦茶な批判もきちんと耳を傾けるのでしょうか。
そこでもし、クレーマーの文句を聞かないというのであれば、もはや主張していることの論理が破綻しています。

そもそも発言は実名でやれ、という論調は非常に危険で、「自分が言うことは正しい!なぜなら俺は大企業の社長だから(例)」という極端な考の元に成り立っているからです。

自分の身分を以て発言に説得力を持たせ、仮に批判してくる人間が自分より下の身分であれば、自動的に自分が正しいと思い込んでしまう。
そういう人は「カラスは白である」といえば、自分より下の身分が黒といっても耳を傾けないのです。

こんな考え方の人間は、発言内容ではなく、自分の身分で正当性を主張するのです。
むしろ、卑怯という言葉は、「匿名での批判は卑怯」と主張する人たちのことです。

推論:匿名での批判は卑怯だと言う人の考え方

よって、匿名だろうが実名だろうが、発言の説得力というのは本来変わりません。

しかし、世の中には「何を言ったかより誰が言ったか」という残念な思想があり、偉い人の発言が正しいことになる傾向はよくあります。
これは喋る方も聞く方も論理思考が幼く、その発言が論理的に正しいかどうか考えることが出来ないので、その発言者の身分や実績を判断材料として考えてしまうためです。

人間の脳というのは、考えるのに出来るだけ楽をしたがる傾向があります。

その人が言っていることの正当性を理解するために、判断材料を用意して考えるくらいなら、身分や実績にフォーカスしたほうが楽です。
家の賃貸について、不動産屋とニートが意見を言った場合、仮にニートの方が論理的に正しいことを言っても、人々は不動産屋を信用します。

つまり、批判は実名でやれ、という人は、思考力が非常に弱く、その人の言っていることがまともかどうかを身分で判断したいのです。
そっちのほうが楽ですからね。

しかし、当たり前なことですが、偉い人だろうが偉くない人だろうが、常に正しいことを言い続けられるわけではありません。

実名で名乗る前にやることがある

では、自分の発言力を高めるにはどうしたら良いかというと、もはや上に書いてある通りです。

見当違いなことを言わないために、ひたすらに論理思考することです。

今回の場合、実名と匿名で何が違うのか、卑怯とは何を以てして卑怯というのか。
ここが詰められていないので、「匿名での批判は卑怯」論者は常にバッシングを受け、その批判ですらも、匿名だからといって耳を傾けない残念なスパイラルに陥ります。

たとえば、「匿名での批判は卑怯であり、聞く価値がない」と仮定した場合、「では、実名の批判は卑怯ではないので、支離滅裂なことを言っていても聞く価値がある」という逆説を自分は受け入れられるか、と考えます。

私は無理ですね。
それなら匿名だろうが実名だろうが、「論理的に筋が通っている人の話を聞きたい」です。

以上のことから、「匿名での批判は卑怯」論者は、「実名を名乗れば、必ず聞いてくれる」ということになります。

それなのに、実名を名乗っても彼らが耳を傾けなかったら・・・。
もう彼らは公の場で喋らないほうが良いと思います。

あなたが誰かなんて、ネットでは関係ない

2ちゃんやTwitterなど、ネット上で発言出来る機会は多くなりました。
しかし、それに伴い、「自分とは上下関係にない人」と喋る機会も出てきました。

そんなときに相手を納得させたり、共感させられるのは、「話に筋が通っている人」です。
身分が偉いからといって、全員が納得することは決してありません。

それなのに、自分の幼い発言が突っ込まれたからといって、感情的に批判を排除してはいけません。

ネット上では、あなたが誰かなんて関係ないのです。
身分の高低に関わらず、論理的に正しいことを言っている人が正義なのです。

論理思考は発言する時に大きな武器になるだけでなく、偉いだけで見当違いなことばかり言う頭の悪い人から身を守る盾にもなります。
これからもどんどん身に着けていきたいものです。

追記:
早速批判のご意見を頂いてます※コメント欄参照
しかし、記事内でも言及しているような論理思考の弱い方のご意見でした。

あまりにも見当違いなことを言い過ぎており(そもそも文章が支離滅裂)、「匿名での批判は卑怯」論者に優位性を見せるための自作自演と疑われないか心配です。
やはり「匿名での批判は卑怯」論者はアホだったと思われないためにも、批判のご意見はきちんと論理的にまとめ、簡潔にお書きください。

正直内容がひどすぎて、こちらが哀れに思えるくらいです。
彼がごめんなさいしてきたら、コメントを削除してあげようとおもいます。

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コメント

  1. お前は相手の名前知る必要ないだろ より:

    それじゃ お前のフルネーム出せ どかすが

  2. お前は名前知る必要ないんだろ より:

    コメント残せないし びびってんじゃねえぞ 偉そうなこと書いて

    1. 吉田 より:

      コメントありがとうございます。
      コメント承認制なんですよこれ。お手数かけます。
      それと「それじゃ お前のフルネーム出せ」ってちゃんと記事読んでいただけましたか?

  3. 名前なんて関係ねえだろ より:

    有名人じゃないからあまり有名人のことは、わかんないけど 自分は有名人に文句など言ったことない。とりあえず有名人は実名なんだろほとんど だからあんたの名前出せって話 でもあんたにとったら相手がだれか知る必要ないだろ しかもあんたの場合自分から申し出て気持ちの準備もある

    1. 吉田 より:

      再訪いただきありがとうございます!
      はい。私は議論の際に、「相手が誰であるか知る必要はない」と記事内で論じております。
      だから、あなたにも名乗ってないし、あなたの名前を教えてくださいとも言ってません。
      それと、私は有名人に文句言っているのではなくて、「匿名で批判するのは卑怯」という理論に対して文句を言っております。
      そして、そういうことを言う人ってだいたい有名人が多いという個人的見解です。
      その個人的見解が間違っているのではないか、と言われれば否定はできません。

  4. 匿名でここはいいっしょ より:

    有名人や批判を受けてる人間は、だいたいどこのだれかを特定できるだろ そういうやつの気持ちが匿名で隠れてる奴にわからんから とりあえず出せって言ってる

    1. 吉田 より:

      再コメントありがとうございます!
      私は発言と個人を紐付ける必要性がよくわからなくて、批判として論理的にごもっともな事を言っていれば、それが匿名だろうが実名だろうが聞き入れるべきでは?と言っています。
      そして、当然の前提として「バカアホ」等のただの誹謗中傷は、匿名だろうが実名だろうが聞き入れる必要はない、とも言っています。
      それは記事内でも言っていますが、発言内容の論理性と個人の属性にはなんの関係もないからです。
      ちなみに発言と個人を紐付けて特定する意味はどういった目的なんでしょうか?

  5. 匿名でここはいいっしょ より:

    あんたも今公に発信してるだろ 公に発信してるというだけで有名人扱いされて 匿名でごちゃごちゃ言われてみてはどうだい

  6. 匿名でここはいいっしょ より:

    あんたは見ず知らずの人間をすんなりありとあらゆる場面で受け入れるのかい? 
    今から出かけます

    1. 吉田 より:

      公に発信しているからこそ、あなたのような批判は出来る限り聞いていきたい所存です。
      しかしながら、匿名さんからごちゃごちゃ言われるのはいいものの、「バカアホ」は相手にしません!笑
      今日は全国的に雪なので足元お気をつけください!

  7. 匿名でここはいいっしょ より:

    あなたこそ匿名で卑怯だって言ってるやつが何を卑怯と言ってるかわかってます?あなたの場合は、気持ちの準備ができてるよね 言うならあなたが主催者のようなもの 匿名批判ていうのはある意味 あなたで例えると自分を特定できる状態で全国の皆さんかかってきなさいって発信するようなもの そのおかしさがわからないかな それで批判した奴は自分の姿を一切見せず特定されたやつと第三者のやりあいを眺めてるんだぜ?あんたもこんなこといってるのは、事情も知らずにいい加減なことを言ってるやつに躍らせてるピエロなんだよ。批判されてるやつは黙ってそういう関係のないあんたの気持ちも考えてるんだぜ それを火をつけたやつは知らん顔してあんたらは火のついた家を笑うんだぜ?それが何年もたって嘘の歴史が出来上がってしまうんだぜ?

  8. 匿名でここはいいっしょ より:

    彼氏が知らない女と食事してた。嫁が知らない男と旅行に行った。それでトラブルになることもあるだろう。でも事情を聴いたら妹だったとか。誰が相手というのは時に大事印象が、ガラッと変わるんだよ。匿名で批判するっていうのは、知らなくてもいいことまで引っ張り出してくることもあるんだぜ?それを無責任の野次馬と言わずしてなんという 現実っていうのは、誰かの想像を超えることっていうのは容易にあるんだよこんなたとえ話より不思議なことがな 知らないやつが特定のものをいい加減なことを言うっていうのは責任がない

  9. 匿名でここはいいっしょ より:

    どんな奴が言ってるかを知って 同じことを聞いたとき話にならないってことになることなんてないって言えますか?もしそうなったとき誰がふたを開けた責任を取ってくれるんだ?

    1. 吉田 より:

      おはようございます!
      うーんすみません。ほとんど理解できなかったのですが、「デタラメを言ったら誰がその発言の責任取るんだ」ってことでいいですか?
      それは記事内でも言っているんですが、デタラメということは論理性に欠いているので、匿名はもちろん実名でも駄目だと言っています。
      申し訳ありませんが、あなたの意見をちゃんと理解したいので、もう少し簡潔にまとめてから書いてください。

  10. 匿名でいいっしょここは より:

    誰っていうのは どうでもいいことっていうのは、もうそれが短絡 軽い人生観の奴ならそれでいいだろうでもそれで他人を巻き込むことのほうがどんなにあさはかかってことだよ 旦那や嫁が知らない異性と旅行に行くのも事実だろう。でもそういうとき誰といったかで話は180度変わることだってあるということ。そうやってなだれかれ構わず匿名で批判する奴はひっぱってくるだろう そこで匿名でああだこうだ言うやつは全面的に自分の都合でしか言わないってこと 火のないところに煙は立たない?火のないところに火をつけるのが匿名批判ということはよくある それを他人に言われるまで放火だと気づきもしない 相手をみんなの前でさらけ出して自分たちはしらんかお いいから名前出せよ

  11. 匿名でここはいいっしょ より:

    俺が真実かウソかは 誰がどうやって確かめるんだよ あ?

  12. 匿名でここはいいっしょ より:

    俺×それ〇

  13. 匿名でここはいいっしょ より:

    匿名で批判する奴っていうのは 本当短絡的だよな 特定の奴がどうぞって言ってるなら話は別だ そうじゃない匿名で特定の奴を批判する奴はスタートですでに自己中心的なんだよ

  14. 匿名でここはいいっしょ より:

    そもそも匿名批判が卑怯と言ってるやつは正々堂々と言ってるやつに言ってるんじゃないっしょ

    1. 吉田 より:

      お疲れ様です!
      何度も言ってますが、無理やりこじつけで批判するような輩は私も認めてませんよ。匿名・実名限らずね。
      それを踏まえても、あなたの論理性は非常に乏しく、意見とそれを支える理由がガタガタしすぎて理解できません。
      残念ながら記事中で挙げている支離滅裂なことを言うクレーマーとほぼ同じですので、もうスパム判定させていただきます。
      せっかくコメント頂けたのに残念です。もう少しちゃんと議論したかったです。
      あと、放火とかいろいろ比喩使ってますけど、もう少しわかりやすい例えを使ったほうがいいですよ。

  15. 匿名でここはいいっしょ より:

    こっちこそ、お前らみたいなのが低次元というのはよくわかった なんならコメント全部消していいぜ?まあ 得るものはお前のほうが大きかったようだが?相手にするだけ無駄のお前は消す必要もないか 実名者に対して匿名で言う奴なんてこんな程度だよ お前とはこっちこそ二度と話したくないわ

    1. 吉田 より:

      お疲れ様です!
      ダサいセリフはいて勝ち誇りつつコメント消してもらおうと思わないでくださいね。
      とりあえずこのコメントは晒しておきます。
      私には失ったもののほうが大きいのではないかと思いますが、なにか得るものがあったなら幸いです。
      二度と話したくないというより、文章がめちゃくちゃ過ぎて会話出来ないですよね。
      そろそろ本当に頭の悪い「匿名での批判は卑怯」論者との自作自演を疑われるので、ここまでにしておきます。

  16. 人生哲学(笑) より:

    「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!!」

    1. 吉田 より:

      コメントありがとうございます!!

      他人の言葉を借りてでしか意見が言えないなら、喋らない方がマシだということを指摘しておきます。

      何かあればご意見ください。

  17. 通りすがり より:

    興味深い記事でした。
    「匿名を盾に批判をする人は卑怯」ではなく、「匿名を盾に虚偽、過剰、面白半分の批判をする人は害悪」なら理解できるんですけどね。
    コメント欄の人のように、匿名での批判そのものを卑怯だと言う人たちは、匿名だからという理由だけで人格否定して、たとえ正当で有用な批判だとしても無視してしまうのでしょうか・・・

    1. 吉田 より:

      コメントありがとうございます!

      そうですね。
      私も「匿名のご意見は数が多くて対処できません」とか言う言い分ならわかるんですが、ただ匿名というだけで意見を聞かないというのはいかがなものかと。
      また、実名なら支離滅裂な意見でも聞くのかと…。

      匿名か実名かなどという要素は、本来意見に対する論理性になんの影響も与えないはずです。
      やたらと匿名だけを毛嫌いする人の意見がわかりません。

  18. 通行人 より:

    ブログ主さんの考えは私にとっては新鮮で、興味深く読んでおりました。

    私個人がこの問題から感じるのは、この話の本質は匿名かどうかということとは別のところにあるのではということです。
    匿名での批判をなぜ卑怯と感じるのだろうと考えてみましたが、この議論は実名か匿名か、または論理の正当性という切り口で論じるよりも、もっと単純に「負っているリスクの程度の差」という視点が私としてはしっくりくるように思いました。

    たとえば最近はネット上で有名人などに対する批判的なコメントを見かけることが多いですが、これは人気に影響が出てくることもあるでしょうし、あるいはまともな日常生活すら危うくなるというリスクを負っているといえます。
    または、私がこのブログに何かしら一方的な誹謗中傷を書き込んだら、ブログ主さんは匿名とはいえ、このブログの評価を落とされたり炎上したりというリスクを多少なりとも負わされているといえるのではないでしょうか。

    一方で発言者はというと、コメント欄などで一見議論めいたことをしていても、都合が悪くなれば逃げることができますし、その後に追跡を受けることもないという点で、全くリスクを負っていないといってよいと思います。
    つまり、リスクというのは、本人にアクセスし得る可能性とも言い換えることができるかもしれません。

    お互いが特定できないような状況では、そもそもこのような議論にはならないのではないでしょうか。
    リスクの程度がどちらか一方に偏ったときが問題であり、自分の身は確保しつつ安全地帯からゲリラ的に攻撃する=卑怯という図式は、世界中どこにでもよくある概念のように感じます。
    その最もシンプルな例が、実名vs匿名なのだと思います。

    ネットの発達によってリスクを負わない一方的な発言をする場が増え、自身の考えに対する客観的な評価を受ける機会がなくなっていくに連れて、多様な価値観に対する人々の寛容さが失われてしまい、やがて社会における合意形成にも支障をきたすようになるのではないかという危機感を感じてしまいます。

    1. 吉田 より:

      コメントありがとうございます!

      匿名での批判を卑怯と考えるときの論点として、「負っているリスクの程度の差」を上げていただきましたが、私はそうは思いません。

      誹謗中傷を行っても匿名であれば逃げられる、ということでしたが、あまりにもひどい誹謗中傷の場合、警察に言って情報開示依頼をすれば、匿名だろうが簡単に追うことが出来ます。
      もし、自分に実害が被ってしまうリスクが発生した場合は、しかるべき手段をとるべきです。

      よって、匿名であっても実名であっても、結果として実行者が負わなければならないリスクは同じだと思います。

  19. 夏季休暇 より:

    コメント欄にも何度もコメントしてる病的な奴がいるし
    この理論が好きな人ってやっぱやばい人なのかなぁ?
    単純に批判が嫌な小心者では?

    1. 吉田 より:

      コメントありがとう御座います!!!

      批判は大いに結構なのですが、結局彼らは無根拠に匿名での批判は卑怯としか言えず、自分たちのロジックがなくて全く面白くないです。

      そして、私がこうやって物申すと、自分たちが嫌いなはずの匿名での誹謗中傷ばかりに終始して、なんだかなーという感じです。

      つまり、彼らは匿名での批判は卑怯などと上から目線で勝ち誇った風を装っておきながら、その実自分では匿名での批判をいなすことが出来ないので、批判が嫌な情けない小心者なのです。

      素直に批判は怖いです、とでも言っておけば可愛げがあるのですがねぇ。

  20. 片山 より:

    匿名の批判は卑怯という理由は上の方がおっしゃっている通りリスクの差です。
    発言には良かれ悪かれ責任が伴います。まして批判なんて尚更です。必要以上の強い言葉を使わず、悪い部分を指摘したうえで自分なりの改善案を出す批評ならまだしも、少なからず誰かしらを攻撃している批判は相応のリスクが付きます。
    そのリスクや責任を全く無視して発言できるのが匿名です。実際は違うとしても彼らは本気でそう思っています。
    唾を吐き放題と本気でそう思ってるからこそ批判や罵詈雑言を言うことができる。
    だから卑怯なんです。反吐が出るほどに。

    1. 吉田 より:

      コメントありがとうございます!

      匿名による批判のリスクは前も言ったかと思いますが、実名と差はありません。
      匿名だろうと誹謗中傷なら普通に逮捕されてますよ。
      むしろ、”匿名ならローリスク”と思っている思考そのものがリスキーだと思います。

      罵詈雑言に関しては、記事でも述べていますが、匿名だろうと実名だろうと関係なしに相手しないと書いてます。
      むしろ、「罵詈雑言を言っている匿名ユーザーは、卑怯だから相手にしない!」とか言ってる人たちは、「実名なら何言われてもきっちり受け答えするんですか?」と言われたら詰んでしまうわけですね。

      よって、批判に実名も匿名も関係ありません。
      お疲れ様です。

  21. 片山 より:

    わざわざ謎理論とかお疲れ様ですとか使って煽ってる時点で議論する気すら無いじゃないですか。
    記事の追記にごめんなさいしたら削除してあげますと書かれてありますが、この時点であなたが意見を言いたいのではなく、勝ち負けを決めたいだけということに気づくべきでしたね。
    論理思考を優劣や勝負の強さという認識を持った人間とは、それこそ相手にしたくないのでもう終わりにします。

    1. 吉田 より:

      コメントありがとうございます!

      議論する気がないんじゃなくて、あなたの意見を一撃で論破しただけなんですが…。
      そもそも私と議論したいなら”匿名の批判は卑怯である”という論拠をぶつけに来てください。

      別に勝ち負けするつけるつもり無かったんですが、私がちょっとひねっただけで敗北感を感じさせてしまったなら、申し訳ございません。
      勉強し直してから、改めてよろしくお願いしますね。

      1. 片山修斗 より:

        勝ち負けつけるつもりが無かったら一撃で論破なんて幼稚な言葉使いませんし、敗北感なんて思い込みもしませんよ。
        それと相手にしたくないというのに対して私と議論したいのならなんて的外れの自惚れた返しをされたことに驚きました。
        言葉が足りないようなら言っておきますが返答の内容見たときから議論する気なんて毛頭ありません。あなたの場合議論以前の問題として精神的に未成熟なので言ってる内容が伝わらず、時間の無駄ということです。
        それならあなたの思考について議論していたほうがまだマシですね。

        もうこのサイトに来ることは二度と無いでしょう。ありがとうございました。

        1. 吉田 より:

          コメントありがとうございます!

          自分から捨て台詞吐いて切り上げたのに、またコメントしに戻ってきてしまいましたね。
          軽く論破されて相当悔しかったのはわかりますが、ちゃんと勉強してきましたか?

          匿名はローリスクではないため”ローリスクだから匿名は卑怯”という主張は成立しないと、簡単に説明したつもりですが理解できましたか?

          私を精一杯下に見て自我を保とうとしているのが透けて見えてしまい、非常に哀れです。
          私を蔑むような長文を書けば書くほど惨めさが滲み出てしまうので、そういうのは他所ではやらないほうがいいですよ。
          お疲れ様です。

  22. 瀬戸 より:

    よくわかります。
    論理の妥当性は、その提唱者のパーソナリティからは本来的に独立しているものですよね。
    貴方と同様、私もまた、純粋で公平な議論の場としての機能を、ネットに期待する者です。

    とはいえ、私の場合は、提唱者のパーソナリティを判断の材料とするような、
    非論理的な態度に対しても、近頃は一定の妥当性を認めるようになりました。

    論理に厳密な科学の世界においてさえ、論証は未だ為されないまま、
    いくつかの実証のみで暫定的に是認されている仮説や予想があります。
    医学のような実学の領域では、一般的に見られることですよね。
    このような仮説や予想の重要性を測るとき、研究者たちでさえ、
    それを提唱している人間の実績や背景に気を奪われます。
    実証・論証・批判に値するかどうかの判断に、
    論理以外の内容が少なからず影響します。

    そうでなくても、論理の有用性は限定的なものです。
    クルト・ゲーデルが証明したように、完全な論理はありえませんものね。

    科学の世界でさえ、論理的であることについてある程度の妥協を示すのですから、
    世間一般においてはなおさらでしょう。

    そもそも、ヒト本来の思考様式は感覚的で、ヒューリスティックなものです。
    論理的思考は人工的で、ある種のスポーツのようなものではないでしょうか。
    その熟練度は大きく分散しますし、ハマる人もいればハマらない人もいます。

    それを弁えていないと、たとえば「ロジハラ」だと疎まれてしまう。
    マシンが人語を解さないように、大半の人間もまた、マシン語を解しません。
    そのコードがどれほど素晴らしくとも、それを解さない相手にとっては、エラーでしかない。
    ならば、相手が理解できる方法で、語りかけるしかないのですよね。
    たとえそれが、論理性に欠如する方法であっても、そうするしかない。
    私はそんなふうに考えるようになりました。

    私はもうじき30歳を迎えます。
    世間ずれして、少し丸くなったのかもしれません。
    論理の力を信じて止まず、それを理解しない人たちへの苛立ちを隠さない貴方と、
    ロジカルであることに夢中だった幼い私が重なり、
    懐かしいような歯痒いような面映いような感覚に襲われ、
    思わずコメントしてしまいました。

    非論理的な動機ですね。
    同様に、内容もとりとめもないものになってしまいました。
    きっと私は、貴方にもう少し妥協することを提案したいのだと思います。
    もう少し一般的な人間心理に配慮した方が効率的なのかな、と思い、
    差し出がましくも提言させていただく次第です。
    もっとも、きっと本心は嫉妬なのでしょうけれど(笑)

    長文失礼しました。

    1. 吉田 より:

      コメントありがとうございます!

      言わんとしていることは分かりますが、私は科学者だとか研究者だとか言う話ではなく、世の中の理について話しています。
      人間同士での暗黙の了解とも言える”理屈”があるのは理解していますが、それをここで述べたところで私の一意見にしかならないのです。

      理解しない人への苛立ちというより、匿名は卑怯だーと言われるけど、なぜ卑怯と言われなければならないのか?どこが卑怯なのか?ということを改めて考えた結果がこの記事になります。
      ”匿名の批判は卑怯と思ってない人”へ論理的ヒントを与え、”匿名の批判は卑怯だと思っている人”の論理的見解を見たいので、この記事を書きました。

      1. 瀬戸 より:

        ご返事ありがとうございます。
        そういう意図があったとは知らず、見当違いな助言をしてしまい申し訳ありません。
        お詫びと言ってはなんですが、貴方の意図に応えるべく、私なりに貴方への論理的な反論を考えてみました。
        貴方のさらなる思考の糧となる、有意義なアンチテーゼとなっていれば幸いです。
        さて。
        本題です。
        まず、貴方の主張は次のように要約できます。
        「匿名の主張は全て卑怯であると仮定すると、匿名ではない主張は全て卑怯でないことになる。ならば、匿名でない主張には全て取り合う必要が生じるが、それは無理なことであろう。ならば、匿名は卑怯であるという仮定に無理があったことになるので、この仮定は不適当である」
        しかし、これには大きな欠陥があるように思われます。
        それは、「匿名が卑怯である」という命題から、「匿名でなければ卑怯ではない」という命題を導くことは論理的に不当だという点です。
        たとえば、「犬は哺乳類である」は正しいですが、「犬でなければ哺乳類ではない」は正しくありません。
        犬でなくても哺乳類であるケースが存在します。
        同様に、「匿名が卑怯である」としても、「匿名でなければ卑怯ではない」と論理的に導くことはできません。
        匿名ではなくても卑怯であるケースが存在し得るからです。
        「匿名が卑怯である」という主張は、「匿名こそが卑怯である唯一の条件である」とは主張していません。なので、かりに匿名でなくても、他の条件により、その主張が卑怯となるケースが存在するでしょう。
        よって、貴方の主張は、その中核に論理的誤謬が存在してしまっているのではないかと思われます。

        1. 瀬戸 より:

          長くなるので分割しました。
          さて。
          先の投稿は、「匿名は卑怯ではない」という主張に対する反論でした。
          続いて、「匿名は卑怯である」という主張を論証してみたいと思います。
          第一に。
          背負うべきリスクや責任から逃れようとする態度は、卑怯とみなして良いでしょう。
          ここで重要なのは、「結果的に」逃れられたかどうかは論点ではないということです。
          たとえば、私がカッとなって人を殺めてしまったとします。
          私は自首しようかと思いましたが、一計を案じ、自分の体を自ら傷つけることで正当防衛を偽装することにしました。
          しかし、その偽装工作は見破られ、結果として殺人罪と判決されました。
          自首しようが偽装しようが、結果的には殺人犯として裁かれるわけですが、偽装工作によって刑事責任を免れようとしたのは、やはり卑怯でしょう。
          つまり、卑怯とは、責任を回避したという「結果」ではなく、責任を回避しようとする「態度」なのです。
          続いて。
          「匿名は卑怯」という主張における「匿名」とは、単に名前を隠すことではなく、個人を識別できなくなることを意味すると思われます。
          なので、実名(氏名)だろうが偽名だろうが、個人が識別できれば匿名ではないし、できなければ匿名性は成立します。
          よって、たとえ偽名であっても、個人識別子としては機能します。
          しかしながら、その機能は非常に弱いです。
          なぜなら、変更が非常に容易く、また、変更にあたって履歴が残らないからです。
          他方で、実名(氏名)は変更が難しく、また履歴が残ります。
          なので、個人識別子の機能として、実名は偽名より格段に勝ります。
          そこで。
          実名ではなく、偽名ないし名無しを選択するという行為には、「個人を特定されたくない」という「態度」が存在すると判断できます(顔出ししていたら別ですが)。
          そして、そうした態度は必然的に、発言者個人として受け入れるべき責任やリスクから逃れようとする態度を包含するので、つまりは卑怯だと言えるのです。
          もちろん、偽名だろうと名無しだろうと、しかるべき調査をすれば個人を特定できますが、先述のとおり、卑怯かどうかは「結果」ではなく「態度」の問題なのです。
          論証は以上になります。
          ちなみに。
          私は卑怯が必ずしも悪いとは思いません。
          たとえば、内部告発などをする際、匿名性は身を守るために必要です。
          けれども、卑怯であることに変わりはないと、私は思います。
          弱者が強者に挑むときには、なかなか正々堂々というわけにはいかない。
          そこで、「匿名は卑怯だ」という主張に対しては、「卑怯ではない」と反論するよりも、「卑怯だけれど、必要なことでしょう?」と諭すほうが理に適っていると、私は思います。

          1. 吉田 より:

            コメントありがとうございます!!
            返信遅れてしまい申し訳ありません!

            例に挙げていただいた、”匿名として発言してリスクを逃れそうとするスタンス”に対して卑怯である、というロジックは何となく理解できそうです。
            しかしながら、”匿名は卑怯である”が成り立たないそもそもの論拠として、”卑怯”という感情自体が論理的ではないというのが根底にあります。

            例えば、「逃げるが勝ち」という言葉もある通り、逃げるという行為や考え方に対して、”賢明”と考える人がいる一方、”卑怯”と考える人もいるわけです。
            そういった人によって変わる”真実”を、あくまで公然の”事実”として取り上げ、それが世の理であるとすること自体がおかしな話だと思っております。

            そして、匿名と卑怯が結びついていないのに、その一歩先である「匿名の批判は卑怯だから傾聴に値しない」という主張は、まるで意味不明なわけです。
            匿名か実名かにかかわらず、書いてある意見の正当性だけに注視せよ、ということです。

            あなたもご認識の通り、「匿名でなければ卑怯ではない」というのはその通りなのですが、そもそも私自身はそんな論理は展開していません。
            「匿名は卑怯である」と主張する人間へのおちょくりまじりの逆説として、そういった言葉を出す程度です。

            上記で挙げた通り、匿名と卑怯になんの関連もないわけですから、匿名だからどうこうという話は、私は主張していません。

            しかしながら、あなたの主張は、「卑怯だから卑怯だ」といっているその他大勢とは違って、なぜ卑怯なのか、というのが伝わってきました。
            なかなかの文量だったので、読むのに気合がいりました。

            ありがとうございます。

  23. 通りすがりのクレーム対応職 より:

    記事読ませていただき大変参考になりました。
    匿名での批判も仕方がないと思う一方、情報の正確性についてはどの様に担保を取るべきなのか考えてしまいます。
    それこそ匿名なので嘘でも何でも言いたい放題な方がいる現状が問題だと思いますが…
    その点についてはどの様に考えられていますか?

    1. 吉田 より:

      コメントありがとうございます。

      「嘘でも何でも言いたい放題」の度合いによると思います。
      例えば、馬鹿とかアホ等は、言われる本人が傷つく等の被害はあれど、「むかつくー」くらいだったら流してしまえばよいと思います。

      しかし、個人または企業として、生活・営業に支障の出る「言いたい放題」はしょっ引くべきだと思います。
      例えば、有機栽培をウリにしているメーカーで、「実は農薬ダバダバ使っている」等の虚偽の発言があれば、通報すべきでしょう。

      とはいえ、きちんと論拠があって批判している意見に対しては、記事でも書いてますが、匿名/実名に関わらず真摯に受け止めるべきと思います。

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